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【連載】食品のEC利用の状況俯瞰と展望

#市場動向 #食品業界

この記事を書いた人

本谷 知彦(もとたに ともひこ)
株式会社デジタルコマース総合研究所 代表取締役  ECアナリスト

シンクタンク大和総研にて国内外の産業調査・コンサルティング業務にチーフコンサルタントとして従事。EC業界のスタンダードな調査レポートである経済産業省の電子商取引市場調査を2014年から2020年にかけて7年連続で責任者として手掛ける。2021年末に同社を退職し2022年初に株式会社デジタルコマース総合研究所を設立。EC市場の調査研究はもとより、データに基づいた消費財のマーケット分析や事業戦略のアドバイスに関する実績多数。

2024年11月にNint社が発表した「経済産業省の調査結果とNint分析で読み解く2023年日本EC市場」では、同市場に占めるAmazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングの流通総額の比率は約7割とされています。経済産業省発表の物販系BtoC-EC市場規模は14兆6,760億円ですので、それらの3大ECモールの流通総額は10兆円を超える巨大な規模であることがわかります。したがって、当該モールにおける販売状況やトレンドを把握することは、EC事業者にとって国内EC市場の理解度を高めることに直結します。

 そこでNint社の協力の元、同社の3大ECモールの売上推計データ提供サービス「Nint ECommerce」を用いて、具体的なデータを基にEC市場を多面的に考察する連載コラムを開始させていただくこととなりました。第1回目のテーマは「食品」です(※注意:ここで言う食品には飲料、酒類、健康食品を含みます)。Nint ECcommerceに搭載の3大ECモールの食品流通総額データや、それに関連するいくつかの政府統計データを駆使しながら、食品購入におけるEC利用の状況を考察し、展望について述べたいと思います。本コラムの内容が皆様のEC事業にとって有益なものとなりますことを心より願っております。

物価上昇により食品への支出が増加

3大ECモールでの販売状況の前に、先ずは食品の支出額の全体感を俯瞰してみましょう。次の表とグラフは、総務省家計調査を用いて1家計あたりの食品の支出総額を、2021年から四半期毎に集計したものです。一般的に消費支出には季節性があると言われています。よって、四半期毎に前年と比較できる形式の棒グラフにしている点、予めご了承ください。

2022年の1-3月、および4-6月は前期比マイナスですが、それ以外は前期比プラスで推移していることがわかります。カテゴリー別に見てみると、生鮮品、調味料、菓子、総菜、飲料、酒類などほぼ全てにおいて上昇していることも確認できます。なお、本コラムではそれらの数字を記載していませんので、詳しくは総務省家計調査をご確認頂ければと思います。

既知の通り、円安、人件費上昇、エネルギーコストや輸入品の価格高騰が原因で、2022年頃からあらゆる商品の物価が急上昇し個人消費を直撃しています。特に食品分野はその影響が大きく、食品の物価上昇が支出額の増加に直結していると考えられます。人間が生命を維持する上で食品の支出は欠かせませんので、ある意味後ろ向きな“致し方ない”支出増加であると言えるかもしれません。

【1家計あたりの食品の支出総額】 四半期推移(単位:円 外食費は除く)

「家計調査」(総務省統計局)をもとに作成

3大ECモールでの食品の流通総額はコロナ明けに減少

それでは3大ECモール合計の食品の流通総額の推移を見てみましょう。以下の表とグラフの通り、2023年の4-6月期までは前期比プラスが続いていました。しかしながら同年7-9月期以降は前期比マイナスが継続しています。特に2024年の4-6月は1,697億円と前期比でマイナス26%と大幅減、7-9月期も1,826億円と約9%の減少となっています。

前述の通り、物価上昇に起因して1家計あたりの食品の支出総額は毎四半期上昇しています。にもかかわらず、3大ECモールの食品の流通総額は2023年7-9期以降は前期比マイナスです。これが意味すること、それは食品の購入が3大ECモールではなくリアルチャネルで行われていることと推察します。2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、社会全体がアフターコロナに移行しました。これに伴い消費行動のリアル回帰がEC市場に影響をもたらしたと言われていますが、表のデータはそれを裏付ける結果となっています。

【3大ECモール合計の食品の流通総額】 四半期推移(単位:億円)

Nint ECommerceをもとに作成

3大ECモールでの食品購入は10-12月期が多い傾向

食品が3大ECモールではなくリアルチャネルで購入されていると説明しました。この点に関しその特徴を探るべく、少し掘り下げてみたいと思います。以下の表は四半期毎に3大ECモール合計の食品流通総額_①、および1家計あたりの食品支出総額_②を記したものです。そして前者を分子、後者を分母として計算した値が③になります。

ここで、2024年1-3月期の③の値を“1”として、他の四半期の相対値を計算してみました。計算の意図は、3大ECモールでの食品の購入に関し、四半期別に支出の差異があるのではないかと考えたからです。実際の値は4-6月期0.81、7-9月期0.83と1を割り込んだ一方で、10-12月期は1.16とプラスになりました。同四半期のみプラスになったということは、10-12月は他と比較して3大ECモールでの食品の購入額が相対的に大きいということを示しています。

ECかリアルチャネルかを問わず、10-12月期はもともと消費支出全体が他の四半期よりも増加する傾向にあります。加えて10-12月期はブラックフライデーや年末商戦があり、より多くの商品がECで購入されているということでしょう。なお、これはあくまでも食品の全体値の傾向ですので、個別の商品で見ると実は夏場の販売が多い商品もあると思います。食品の販売には時期性を伴う傾向があると考えられるため、データを上手に活用してその傾向を適切に把握した上で、販売計画やプロモーションを実行することが重要だと言えます。

【3大ECモール合計の食品流通総額 VS 1家計あたり食品支出総額】 四半期別での金額比較

「家計調査」(総務省統計局)およびNint ECommerceをもとに作成

3大ECモールでの購入ニーズが堅調な食品カテゴリーは多い

3大ECモールでの食品の流通総額がコロナ明けに減少していると説明しました。しかし食品のジャンルを掘り下げてみると、必ずしもそうではない傾向が見られます。次の表とグラフは、ECモールAにおける「飲料」に関する流通総額の四半期推移です。ここで言う飲料には、日本酒、焼酎、洋酒、ビール、ソフトドリンク、水が該当します。2024年4-6月期のみ前期比マイナスですが、それ以外は全てプラスで推移しています。ECモールAに限ったトレンドではありますが、飲料のECでの購入ニーズはデータを見る限り堅調です。

Nint ECommerceをもとに作成

健康食品についても同様です。次の表とグラフはECモールA、ECモールB合算での健康食品に関する流通総額の四半期推移です。健康食品はECが日本で普及し始めた1990年代後半よりもはるか以前から、通信販売が展開されていました。したがってもともとECとの親和性が高い商材と言えます。高齢化社会のさらなる進展や健康への関心は不可逆的です。現在の50代、60代はスマートフォンを含むデジタル機器に既に慣れている世代です。そのような健康に敏感な世代によって、ECにおける健康食品のニーズは強く支えられ続けるでしょう。

以上のように、食品を全体で捉えると確かに流通総額は減少していますが、個別のカテゴリーで捉えると堅調なニーズを見込むことができるものは多くあると考えられます。データをチェックしながらトレンドをキャッチアップすると良いでしょう。

【ECモールA、ECモールB合算の健康食品の流通総額】 四半期推移(単位:億円)

Nint ECommerceをもとに作成

3大ECモールでの食品購入ニーズに関する展望は?

最後に3大ECモールでの食品購入ニーズの中長期的な展望について触れたいと思います。次のグラフは日本における生産年齢人口(15~64歳)の推移に関する政府機関による予測データです。2024年時点での生産年齢人口は7,350万ですが、2044年には5,824万人と、20年間で20.8%減少する予測です。

生産年齢人口の減少は、その分労働人口の減少に直結します。現在人手不足が社会問題化していますが、さらに事態は深刻化するということです。小売業の視点でみると、実店舗を運営できる人材の十分な確保が年々難しくなるということですので、その分ECへと軸足をシフトせざるを得ないのではないでしょうか。中長期的にはECでの食品ニーズは右肩上がりと予想されますので、必然的に3大ECモールでの食品購入は今以上に進行すると思われます。

出典:「日本の将来推計人口 令和5年推計」(国立社会保障・人口問題研究所)をもとに作成

また、共働き世帯の増加も、家事の簡素化の観点でECでの食品購入を後押しする効果があると考えられます。2023年の専業主婦世帯数は517万。一方で共働き世帯数は1,278万と専業主婦世帯数の2倍以上です。グラフの通り、1997年を境にそれ以降共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回っています。この流れも不可逆的でしょうから、ECでの食品購入、つまり3大ECモールでの食品購入はさらに進むと考えられます。

出典:「労働力調査(詳細集計)」(総務省統計局)をもとに作成

前述の通り、直近の状況を見ると3大ECモールでの食品購入は減少していますが、私は一過性の減少ではないかと見ています。以上のように、生産年齢人口の減少に伴う実店舗維持の困難さ、および共働き世帯数の増加に伴う家事の簡素化によって、ECでの食品購入=3大ECモールでの食品購入は、中長期的には右肩上がりになると予想しています。