経済産業省の調査結果とNint分析で読み解く—2023年日本EC市場の振り返り
目次
はじめに
本調査レポートでは、経済産業省が公表した「令和5年度電子商取引に関する市場調査」のマクロデータと、Nintが保有する楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピングの3大ECモールのミクロデータを活用し、日本のEC市場、特に物販系分野に焦点を当てて詳細な分析を行います。
これらのデータにより、日本のEC市場の全体像から各ジャンルの細部に至るまで把握することが可能です。主要ジャンルごとの概況を解像度高く分析し、売上上位商品やその特徴、消費者行動の変化を探ります。そして、業界全体が直面する課題や今後の展望についても考察します。
さらに、2023年における新型コロナウイルス感染症の5類移行、メーカーによる商品の値上げ、運送料金の上昇、異常気象、法規制の強化など、経営環境に影響を与えた多様な要因を考慮します。特に、コロナ禍で購入された家具などの耐久財について、買い替え需要が数年後に発生する可能性など、時系列的な要素も含めて分析します。
本レポートが、EC業界に携わる企業やアナリストの皆様にとって、有用な情報源となることを期待しています。
日本のEC市場全体の概況
経済産業省が2024年9月に発表した「令和5年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場調査)」によれば、2023年の物販領域の市場規模は14.7兆円で、前年比4.8%の増加を示しています。EC化率も9.38%と上昇傾向にあり、前年から0.25ポイント増加しました。これは、インターネットを介した商取引の電子化が継続的に進展していることを示す重要な指標です。
一方、当社の推計によると、3大モール(楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピング)の流通総額は約10.1兆円に達し、物販領域全体の約69%を占めています。これは、BtoC市場の約7割をカバーする大規模なセグメントとして位置付けられます。3大モールは前年比5.9%の増加を見せており、EC市場全体の成長を牽引する主要なセグメントであると言えます。
2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行したことを契機に、ECの各ジャンルでは追い風と向かい風の両方が発生しました。消費者の行動様式が大きく変化し、市場動向に直接的な影響を与えています。経済産業省の分類では8分類すべてで前年比プラスとなっていますが、当社の推計データを用いることで、3大モールにおける流通額の増加が数量によるものか、平均単価の上昇によるものかを詳細に分析することが可能です。
例えば、3大モール全体の平均単価は昨年の3,223円から3,370円へと4.5%増加しました(表1参照)。全体の流通額の伸長率が5.9%であるため、数量の伸長率は1.3%にとどまり、平均単価のアップが主要因であることが示唆されます。
当社の共通ジャンルによる分類は、経済産業省の分類(詳細定義は未開示)に近似することを狙っています。これにより、各ジャンルの市場規模や動向をより正確に把握することが可能となります。
なお、今回のNint推計の対象外である残りの3割は、自社EC(D2C)や他のECプラットフォームによるものと想定されます。具体的には、量販店大手やメーカー直販が含まれており、これらの企業は自社ブランドの価値向上や顧客体験の強化、ブランドロイヤリティの向上を目指しています。また、大手量販店はオンラインとオフラインの融合を推進し、オムニチャネル戦略を積極的に展開しています。
主要ジャンル別市場分析
生活家電、AV機器、PC・周辺機器等
経済産業省の調査によると、このジャンルの2023年におけるBtoC-EC市場規模は約2兆6,838億円で、前年比5.13%の増加を示しました。EC化率は42.88%と高く、物販系の中でも特にEC化が進んでいるカテゴリーの一つです。
人流の活性化に伴い在宅時間が減少し、生活家電の需要減少や物価高による耐久消費財の買い控えが見られる一方で、高単価商品の需要増加が示唆されています。特にプレミアム家電や最新技術を搭載した製品への関心が高まっています。
Nintの推計データでも、3大ECモールの流通金額の増加(前年比104.1%)は、平均単価の上昇(前年比105.4%)によるものであり、同様の傾向が確認できます。
売上上位のサブジャンルとしては、生活家電、ゲーム機器、健康家電が挙げられます。詳細データによれば、ワイヤレスイヤフォンや多機能プロジェクターが高い売上を記録しています。特に音質とノイズキャンセリング機能に優れた白いワイヤレスイヤフォンは、消費者から高評価を得ています。健康家電では、筋膜リリースガンや美容機器、スカルプ電気ブラシなど、家庭でのセルフケアを可能にするデバイスが人気を博しています。
また、ロボット掃除機や空気清浄機能を備えた家電製品も、衛生意識の高まりを背景に需要は継続中です。これらの製品は、スマートホーム化の進展とともに需要が拡大しています。
リユース・リサイクル市場の拡大も見逃せない動向です。半導体不足による新品家電の供給不足が背景にあり、経済産業省の調査でもこの市場の成長が示唆されています。環境意識の高まりも相まって、中古家電の需要は今後も増加が予想されます。
衣類・服装雑貨等
経済産業省の調査によると、「衣類、服装雑貨」分野のBtoC-EC市場規模は約2兆6,712億円で、前年比4.76%の増加を示しました。EC化率は22.88%で、物販系の中でも高い水準を維持しています。売上の内訳は、アウターウェアが約半分を占め、次いで靴、鞄、宝飾品などの服装雑貨系、インナーウェアが続きます。
2023年は、オムニチャネル戦略の進展、物価高騰、送料の値上げ、コロナ禍からの回復、サステナブルファッションへの関心の高まりなど、多様な環境変化がアパレル・服装雑貨のEC事業者に影響を与えました。特に、リサイクル素材を使用した商品や環境に優しい製品への需要が増加しています。
Nintの推計データでは、3大ECモールの流通金額の増加(前年比119.1%)は、数量の上昇(前年比113.9%)によるもので、需要の回復が顕著です。
ランニングシューズやスニーカーなどの靴、キャリーケースなどの鞄、冬物のジャケットなど、特に男性向け衣類ジャンルが伸長しています。詳細データによれば、スポーツメーカーの1万円以上する高機能ランニングシューズが高い売上を記録しています。これらの商品は、クッション性や履きやすさといった機能性とスタイリッシュなデザインが消費者の支持を得ています。
また、海外ブランドが公式オンラインショップを運営し、外出機会の増加に伴い毎日着用するインナーウェアも人気を集めています。トップブランドは配送品質やカスタマーサービスを強化し、顧客満足度の向上に努めています。
食品、飲料、酒類
経済産業省の調査によると、このジャンルのBtoC-EC市場規模は約2兆9,299億円で、前年比6.52%の増加を示しました。EC化率は4.29%と他のジャンルに比べて低いものの、ネットスーパーや食品デリバリーサービスの普及により市場は拡大傾向にあります。
2023年は、食品を中心に多くの商品で値上げが行われ、原材料高やエネルギー価格の高騰、円安が主な要因でした。酒税法改正によりビール系飲料の税率が上がったものの、当社推計データでは9月に大きな駆け込み需要は観察されていません。
Nintの推計データでは、3大ECモールの流通金額の増加(前年比104.6%)は、平均単価の上昇(前年比109.1%)によるもので、数量減を補っています。
詳細データによれば、上位にはミネラルウォーター、お茶、炭酸水などの飲料が多く含まれ、ナショナルブランドのビールも引き続き人気です。簡単に調理できる冷凍食品も高い需要があり、有名店の丼ぶりの具材などは忙しい消費者にとって利便性が高いことがレビューから伺えます。
トレンドとして、ラベルレス商品も上位にランクインしており、環境配慮型の商品が一定の支持を得ています。さらに、箱買いや大型ペットボトルのまとめ買いなど、コストパフォーマンスを重視する消費者行動が見られます。
化粧品、医薬品
経済産業省の調査によると、「化粧品、医薬品」分野のBtoC-EC市場規模は約9,709億円で、前年比5.64%の増加を示しました。EC化率は8.57%です。
2023年は、マスクの規制緩和や新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴う外出機会の増加、越境ECの活性化により、化粧品全般の支出が拡大しました。特に、カラーコスメや香水などの需要が回復傾向にあります。
医薬品分野では、薬事法改正による一般用医薬品の品目拡大が追い風となりました。一方で、マスクや消毒液などの衛生商品の需要減や、法規制の強化、薬価改定など、事業者が直面する課題も多岐にわたります。
例えば、2023年10月に施行された景品表示法によるステルスマーケティング(ステマ)規制の強化により、企業からの利益を隠した口コミ投稿などが規制対象となりました。これにより、過去の投稿も含めてコンプライアンス対策が必要となっています。
Nintの推計データでは、3大ECモールの流通金額の増加(前年比104.8%)は、平均単価の上昇(前年比112.4%)によるもので、数量減を補っています。
詳細データによれば、外出需要の増加により使い捨てコンタクトレンズが上位にランクインしています。さまざまなバリエーションの商品が売れ筋となっており、ユーザーのライフスタイルに合わせた選択肢が増えています。
マスクに関しては、ファッション性や機能性を重視したブランドが他社が売上を落とす中で上位に位置しています。また、スキンケア製品やヘアケア関連製品も引き続き人気で、定期購入を促進するサブスクリプションモデルの導入が進んでいます。
生活雑貨、家具、インテリア
経済産業省の調査によると、このジャンルのBtoC-EC市場規模は約2兆4,721億円で、前年比5.01%の増加となりました。EC化率は31.54%で、高い水準を維持しています。
2023年は、日本の年平均気温が過去最高を記録し、猛暑日の増加により冷感寝具や冷却効果のある商品の需要が高まりました。加えて、在宅勤務の定着により、ホームオフィス向けの家具やインテリア商品の需要も引き続き高水準を維持しています。
サブスクリプションモデルの浸透により、洗剤やトイレットペーパーなどの日用品を定期的に配送するサービスも普及しています。これにより、消費者は日常生活の利便性を高めています。
一方、家具などの耐久財については、コロナ禍で多くの消費者が購入を行ったため、今後数年間は需要の停滞が予想されます。これらの商品の買い替え需要が発生するまでには通常数年を要するため、市場全体の成長に影響を与える可能性があります。
Nintの推計データでは、3大ECモールの流通金額の増加(前年比105.3%)は、数量の増加(前年比105.4%)によるもので、平均単価は若干の減少(前年比99.0%)となっています。
詳細データによれば、大容量および高機能の洗剤・柔軟剤が上位に含まれています。外出需要の増加に伴う洗濯頻度と量の増加、抗菌や消臭などの付加価値ニーズが反映されています。
また、快眠を支援する3万円前後の高級マットレスも上位にランクインしており、睡眠の質を重視する消費者のニーズに応えています。さらに、デザイン性と機能性を兼ね備えたインテリア商品やスマート家電も人気を集めています。
消費者行動の変化と平均単価の上昇
2023年は多くのジャンルで平均単価の上昇が見られ、高価格帯商品の需要が増加しています。メーカーによる値上げ、エネルギー価格の高騰、円安などが主な要因であり、特に食品、化粧品、生活家電などで価格上昇が顕著でした。
Nintの推計データによれば、3大ECモール全体の平均単価は前年比104.5%となっています。各ジャンルでの平均単価の上昇率は105.4%から112.3%に達し、この傾向を裏付けています。
また、あるモールの価格分布を2022年(図1)と2023年(図2)で比較すると、1000円、2000円、3000円のプライスラインが左にシフトしていることから、低単価帯のボリュームが減少していることが確認できます。
値上げ以外にも、消費者の購買行動の変化が影響しています。3大モールの消費者は品質や付加価値を重視する傾向が強まり、高価格帯の商品が売上上位にランクインしています。これは、消費者が価格以上の価値を求めていることを示しています。
一方、モールに出店するショップとしては、低単価商品の取り扱いが難しくなっています。送料無料の条件を維持することが困難であり、低価格帯の商品では利益が出にくい状況です。これにより、100円均一ショップなどの実店舗への消費者回帰を促す要因ともなっています。
季節催事の売上動向からも消費者心理の変化が読み取れます。2023年は異常気象により夏物商品の需要が高まり、冷房機器や夏服、水分補給関連商品などの売上が伸びました。消費者が季節や気候に敏感に反応し、必要な商品を迅速に購入する行動が見られます。
また、コロナ禍で購入された家具などの耐久財については、買い替え需要が数年後に発生する可能性があります。耐久財の需要サイクルを考慮した戦略立案が求められ、市場動向の予測において重要な要素となります。
中小EC事業者の現状と課題
東京商工リサーチのデータによれば、2024年1〜7月の「通信販売・訪問販売小売業」の倒産件数は90件に達し、前年同期比47.5%増となりました。2023年の年間倒産件数が112件であったことから、2024年は倒産の勢いがさらに増していることがわかります。
倒産までのリードタイムを考慮すると、2023年の時点で多くの事業者が経営の困難に直面していたと推測されます。EC市場の拡大の裏で、業績を伸ばしている企業と、経営に苦戦している企業の格差が広がっていることが示唆されます。
競争激化やコスト上昇により、利益圧迫が深刻化しています。特に2023年には主要な運送会社による送料の値上げが実施され、エネルギーや施設・車両の価格高騰、労働力コストの上昇が影響し、配送コストが増加しました。これにより、中小事業者の経営は一層厳しい状況に置かれています。
Nintの見解によれば、型番商品の取り扱いも以前ほど容易ではなくなっています。これは、価格競争が激化し、利益率が低下しているためです。中小事業者は独自の商品開発やサービスの差別化が求められています。
3大ECモールの戦略と市場への影響
3大ECモールの流通額増加は市場全体の成長を支えていますが、出店料や手数料の値上げが中小事業者に与える影響も大きくなっています。プラットフォームの手数料やサービス改定が事業者の経営に直接影響を及ぼすため、戦略的な対応が不可欠です。
取り扱い商品の戦略的な選定や、複数の販売チャネルやモールを使い分けてリスクを分散することが重要です。自社ブランドの商品開発により、付加価値を高め、利益率の向上を図る取り組みも効果的です。これにより、価格競争から脱却し、独自の強みを持った商品展開が可能となります。
また、データ分析を活用した戦略策定が求められます。自社の販売データだけでなく、競合や市場全体の動向を含めたデータを分析することで、最適な商品ラインナップや販売戦略を構築できます。消費者の購買行動や市場トレンドを的確に捉えることで、マーケティングの精度を高め、最適な販売チャネルを選択することが可能です。
まとめ
本調査では、日本のEC市場が全体として成長を続けている一方で、ジャンルごとに異なる動向や課題が存在することが明らかになりました。2023年は、メーカーによる商品の値上げ、送料の上昇、異常気象、法規制の強化、新型コロナウイルス感染症の5類移行など、多様な要因が市場に影響を与えました。
消費者の行動様式が変化し、ジャンルによっては追い風と向かい風の両方が発生しました。外出機会の増加によりファッションや化粧品の需要が高まる一方、在宅関連商品の需要が減少するなど、複雑な市場動向が見られます。
また、コロナ禍で購入された家具などの耐久財の買い替え需要が数年後に発生する可能性があり、今後の市場予測において重要な要素となります。耐久財の需要サイクルを考慮した長期的な戦略立案が必要です。
中小EC事業者は、競争激化とコスト上昇への対応が急務となっています。物流コストの増加やプラットフォーム手数料の上昇が利益を圧迫しており、経営戦略の見直しが求められます。独自の付加価値を提供し、価格以外の差別化要素を強化することが重要です。
当社としては、データドリブンなインサイトの提供を通じて、企業の意思決定を支援します。日本のEC市場の流通額の7割をカバーする3大モールの市場データを基に、需要の高い商品やジャンルへの注力を促します。限られた経営資源を効果的に配分し、消費者の購買動向や市場トレンドを的確に捉えることで、競争力を維持・向上させることが可能です。
今後も市場動向を注視し、データに基づく柔軟な戦略を展開することが、EC業界での成功の鍵となるでしょう。企業が迅速かつ的確に対応することで、持続的な成長を実現できると考えています。
注:本レポートのデータは、経済産業省の公表資料およびNintの推計データを基に作成されています。市場環境は変動する可能性があるため、最新の情報を確認することを推奨します。
出典元
・経済産業省「令和5年度電子商取引に関する市場調査」
・株式会社東京商工リサーチ「競争激化とコストアップでネット通販業者が苦戦 「通信販売・訪問販売小売業」倒産が過去最多」
Nint ECommerceに関して
日本国内のEC市場の約7割を占める3大ECモール(楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピング)の売上・販売数量をモール別、ジャンル別、ショップ別、商品別に分析できる画期的なツールです。Nint ECommerceを活用いただくことで、以下のイベント対策を効率的にサポートしています。
活用例
商品在庫(SKU単位)の拡充
・競合価格を見ながら自社の販売価格を設定
・競合のポイント倍率を見ながら自社のポイント倍率を設定
・商品名(商品情報)での差別化
・検索露出(RPPなど)の強化
Nint ECommerceを活用することで、ECビジネスチャンス創出に役立ちます。ご興味のある方は、ぜひ下記リンクよりNint ECommerceの詳細をご確認ください。
■調査概要・免責事項
・本調査は、Nint ECommerceを用い、国内の3大ECモールである楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピングを対象として調査しました。
・レポートを利用することにより生じたいかなるトラブル、損失、損害等について、当社は一切の責任を負いません。
■調査機関(調査主体)
株式会社Nint
■調査対象
Nint推計データ
Nint推計データは、AIやクローリングなどの技術により⽇本国内の3⼤ECモールで販売される商品の売上⾦額・販売数量を⾼精度に推計したデータに、サイト内でのプロモーションデータ等を加えた、EC市場の総合的な分析を可能にするビッグデータです。
■転載・引用について
本レポート・ブログの著作権は株式会社Nintまたは執筆者が所属する企業が所有します。
下記の禁止事項・注意点を確認の上、転載・引用の際は出典を明記してください。
【出典:「経済産業省の調査結果とNint分析で読み解く—2023年日本EC市場の振り返り」(2024年11月8日公開)】
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